1月 6, 2010 at 12:31 am | ギリヤーク尼ヶ崎とは | 1994, アメリカ村, 大阪, 心斎橋 | No comment
ギリヤーク尼ヶ崎を説明するのは難しい。
大道芸人・舞踏家・俳優という肩書きはあるにはあるけれども
肩書きを並べても彼を説明することにはならない。
彼の芸は一般的なパフォーマンスからはかけ離れているし
彼自身も非常に特異な存在だからだ。
その特異性について理解してもらうために
入り口として僕個人の経験から、
ギリヤーク尼ヶ崎について説明していこうと思う。
たしか1994年。僕は14歳だった。
大阪、心斎橋のアメリカ村、三角公園。
常に大勢の人たちが集まる場が、
その日はいつも以上に混雑し、
道路にまで人がはみ出していた。
その中心でなにかが起きている。
事件性を感じた僕は、その真相を確かめようと輪に加わった。
その中心にいたのは、黒い着物をはだけのたうち回る老人。

ひどい言い方だけど
「ホームレスのじじいが狂って暴れ回っている!」
それが僕の第一印象だった。
そして、周りの人たちと同じように目が離せなくなった。
そのまま、まるで見世物に引き込まれるように老人を見ていると、
背後から頭の上を通って白い包みが投げこまれた。
そこでようやく状況が理解できた。
これは何かのパフォーマンスで、白い包みは投げ銭なのだ。
老人は、
痩せた身体でのたうち回るように踊り、
立ち上がって何かを振り回し、
走り出し、
水をかぶり、
地面に倒れ、
叫び、
力尽きた。
狂気のパフォーマンス、
パンク好きの僕にとってその老人との遭遇は、
ジョン・ライドンやカート・コバーン、ブルーハーツを知った時と
同じ衝撃だった。
続きます。
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